苦笑

昨日、道を歩いていたらとある新聞社のカメラマンさんが超望遠レンズと脚立を持って歩いていました。

少し歩くとまた別の新聞社のカメラマンさん。超望遠レンズと脚立。

アジアの情勢に色々動きがあったので少しだけ不安になり、

「すみません、さっきも(とある新聞社)の人も見かけたんですが、今日この辺りで何かあるんですか?」

と真剣な調子で聞くと、その方が苦笑しながら

「ああ、今日夏日なので、街中の様子を撮っているだけなんですよ。」

 

「ああ、なるほど」私も苦笑。


真似できない

写真に限らず、他の人には真似できない作品を作る事はとても大切だと思います。

ただ、他の人が真似できない事として安直に思いついてしまうのが「年数と回数」です。

何年やった、とか、何回やった、など。

もちろんそれらも真似できない事ではありますが、もし本当にそれだけだとすると「努力賞」になってしまいます。

やっぱり作品の中身で評価されたいわけで、それらだけではない何かが必要不可欠なのだと思います。

常に考えなければならないテーマです。


ありがたい

以前銀座で撮り合いっこしたスイスの方が、彼がハッセルで私を撮影してくれた写真を六つ切にプリントして送ってくれました。

「わざわざ」感が半端ないわけで。

彼は今壮大なフォトプロジェクトを進行中なので日本にはなかなか来れないですが、来た暁にはもてなしまくるよ、と伝えてあります。

素敵な写真をありがとう。


想像する

もう20年ぐらい前かと思いますが、当時お世話になっていた方に言われた言葉。

倒れては困るものは、それ以上倒れないように置く。

落ちては困るものは、それ以上落ちないように置く。

これも想像力、だと思う。


貰っている

思い通りに事が運んでいるかどうかに関係なく、「チャンス」は貰っている、と常々思います。

チャンスは頂いている、けど、それをこちらが活かせるかどうか。能力的に、タイミング的に。

そこが合致した時に事態が好転するのでしょう。

でもそれはそんなに沢山あるわけではなく。

だからこそ、こちらは常にチャンスを活かせるだけの体制を作って待っていなければなりません。

「ラッキーパンチというのは沢山パンチを打っている者にのみ与えられる」

日々精進です。


パクられる

今日宣材撮影したモデルさんから聞いたお話。

前回その方を撮影した際に2人で相談してコンセプト作りをしたのですが、その宣材ができた後に同じ事務所の他のモデルさんの宣材撮影があり、その時に我々が考えたコンセプトを模倣していたのだそう。

こういうパクられ方は、嬉しいし光栄です(笑)


わかりづらい

すでに理解している人が作る「理解すべき事をまとめたリファレンス」のようなものは、理解できている人が見直すのにはとても良いが、まだ何も知らない人がこれから理解しようとする際には情報がまとまり過ぎていて理解しづらい。

という事を分かっていない人って結構いると思います。

理解するには、辿っていける筋道が必要なんですよね。


そんなもの

先週まで放送していた朝ドラ「べっぴんさん」で、女の子がもらったおじいさんから貰ったカメラを分解してしまうシーンがありました。

その後その子がカメラで撮影しているシーンがあったのですが、それを見て

「あんなに分解してしまったカメラをどうやって修理したのか」

という趣旨のツイートが多くありました。

実際は、分解したカメラは一眼レフでその後彼女が手にしていたカメラはレンジファインダーで別のカメラです。

でも、いわゆる「普通の」人は、そんなカメラの形の違いなどを気にしていないのだな、と改めて思いました。

普段の撮影で「どんなカメラで撮影したか」などにこだわっているのは撮る側だけで、その写真を見る(見て欲しいを思う)多くの普通の人たちには興味のない事です。

 

そんなもの、なのです。


滲みた

以前友人に

「学ぶ」というのは何か行動をするという事だ。行動する事で様々な経験を積んでそこから学ぶという事。

行動するのに必要な知識などについて本を読んだり誰かに話を聞いたりしているのはまだ学ぶ事すらしていないレベル。

まだ、何もしていない。

と、いう話を聞いて、心に滲みたのを時々思い出します。

何かしないと、何も学べない。

いつも心がけています。


分からない2

あらゆるジャンルにおいて、作品を見た時に「何が良いのか分からない」事はよくあります。

それは「分からない」なのであって「つまらない」とか「くだらない」では決してありません。

でも、最近の風潮として「分からない」=「つまらない」と判断し、それが作品の評価になってしまっているのを多く見かけます。

より多くの人に伝わるように作品を作る事も大切なのだとは思いますが、解りやすい事と作品の質は同じではありません。

誰が見ても解りやすい作品ばかりが高評価を受けてしまうのは、非常に由々しき事態だと思っています。


響く

何か大切なワードを言ってもらったのにその時は特に何も感じず、しばらくして別の何かしらのきっかけでそのワードが蘇り、心に響いたりする事があります。

そのタイミングというのは受け手の心の状態とか、技術的な習熟度など色んな要因で決まるのだと思います。

心に響くワードとの出会いというのは、実はとても稀有で貴重な事なんじゃないかなと思います。

 


力になりたい

「この人の力になりたい」とか「手伝ってあげたい」とか「せめて邪魔にならないように頑張りたい」とか思える人に出会う事があります。

人柄だったり、能力だったり、姿勢だったり。

 

だから、自分もそう思ってもらえるような人になりたいと思います。


無くなる

川崎のスイートロードさんが4月に閉店とのこと。

自由が丘のポパイカメラさんの2号店が3月で閉店とのこと。

富士フイルムはバリグレード印画紙の生産終了をアナウンスしました。

フィルムの需要は減る一方で、巻き返す事はないでしょう。

でも、楽しんでいる人たちは一定数いるので、小規模でも利益の出る体制でフィルムを供給して頂きたいなと思います。


同じだった

数年前に撮影した場所に再び来てみて、感じるところとか、偶然とか、何か前回と違う事が起こるだろうか、なんて思ったけど、良いと思うポイントは同じで、まあ、そうだよな、と人知れず納得した。

 

そんな夜。


自分の知らない事を教えて欲しい、けど、その際にギャラも欲しい。

教えて欲しいならお金を払う。

お金を貰うならお金を貰えるだけの何かしらの能力は既になければならない。

それプラス、という話なら分かりますが、何もないのでは。。

 

どっちかだと思うのです。


溶ける

とても抽象的な感じなのですが、見ていると心が穏やかになっていく写真があります。

日々起こるネガティブな事で硬くなってしまった心が、その写真たちを見るとゆっくりとほぐされて、溶けていくような感じ。

もう一度、下世話な事に惑わされず、真摯に進んでいこうと思わせてくれる。

私も、誰かにそう感じてもらえる写真を撮れるようになりたいと思っています。

 


じゃない

素敵だなと思う写真があって、それを撮影するのに使ったカメラやレンズが分かっていると、そんな感じの写真を撮りたいという理由でそのカメラを手に入れたいと思う気持ちはとても分かります。

が、それでそんな感じの写真が撮れるわけじゃない、ですよね。解ってますよね。


広角

広角は難しい、とよく言われます。

広い範囲が写るので、主題以外のものも多く含まれてしまい意味がぼやける、という感じでしょうか。

でも、そこがどういった場所なのか、何故その場所なのか、という趣旨の場合は逆に伝えやすいです。

望遠気味で深度を浅くした写真とは根本的にその意図が異なります。

物語を伝えるための広角。とても興味深いです。

 


2つを見比べたら分かる差でも、1つだけ見てどちらなのかを確実に見極められる程の差ではないのだとしたら、その差は実質無いのと同じだと思うのです。

さらに、その差は作品の作り手の能力があると分かるのであって、作品を見て欲しいと思っている人たちには分からない差というのもあります。

拘るのは大切な事ですが「そんな所誰も見てないよ」という箇所なのだとしたら、唯のコストの無駄遣いです。

「見て欲しいと思っている人たちの目線」がどこにあるのかを考えるのはとても大切だなと思います。

 


自撮り

写真に写っている人の表情は撮影している人に向けたものなのだから、撮影している人の人間力がダイレクトに写っているのである。

 

と、昔から言われています。それは「自分自身が写っている」という意味で自撮りしているのに等しいのだと、私も思います。

少し前にTwitterで「カメラの操作は素人だが美人な新人さんに社内イベントの撮影をさせたところ、写っている人が彼女に向けた笑顔がそれはそれは素晴らしく(笑)この人はこういう笑顔に包まれて日々生きているのだなと思った。」という趣旨の投稿が話題になりましたが、その通りだと思います。

写っている人の表情は、レンズではなく撮影している人に向けられたものなのだ、ということを常に意識しなければなりません。

素敵な笑顔を向けてもらえる人になる。カメラマンとしてとても大切な事です。


3.11

2017年3月11日14時46分。

銀座和光の鐘が1分間鳴り響きました。

これからの我々に出来る事として、他の震災同様しっかりと口伝していく事、

そして、大量に記録された静止画、映像を今後100年単位で閲覧可能な状態に維持する事も大切だと考えます。

恐らく、今後も日本では大きな震災が起こるのでしょう。

その時に少しでも被害を抑えるために積極的に活用していけるのではと思います。

 


逃げる

ズームレンズに逃げる、という表現があります。

もっと引きで撮らなければならないが壁があってこれ以上下がれない。

スペースはあるが下がっている時間的余裕がない。

もっと寄って撮らなければならないが、柵があってこれ以上寄れない。

スペースはあるが寄っていく時間的余裕がない。

カメラ2台?持ち替える時間もない。

 

ズームレンズがベストな選択な場面は結構ありますよ。

 


分からない

それなりの数の人が「素晴らしい」と言っている写真でも、私個人としては全くピンと来ない事は珍しくありません。

どこが良いのかなと探してみたりもするのですが、どうにも分かりません。

そういう時は、とりあえず放置する事にしています。

稀に、時を経て「あ、こういうことかな」となる事もあります。

でも、多くは「全然わかんねーや」のままです(笑)


想い

そういえば、CP+のニコンブースで流れていた映像の中に

 

写真は思い出ではなく誰かの想い

 

というフレーズがありました。

もちろん記録としての思い出でもありますが、その写真をその時その場所で撮ろうと決めたその人の想い。

その想いを誰かに伝えたくて、知って欲しくて、共感して欲しくてシャッターを切るのかもしれませんね。


ボートショー

最近はあまり海にも行けてないですが、思い出す意味も込めてボートショーには毎年行きます。

いくつかのブースで楽しく談義させて頂いたり、気になっていたカヤックやディンギーについて質問したり。

Tadamiさんのブースでは小さいものですが作品を1つ購入させて頂いて、サインも。

買おう買おうと思って買えないでいた本「ブルーウォーターストーリー」も購入。

思っていたよりも色んな方とお話が出来て時間が過ぎてしまい、今年はベイサイドマリーナに行けませんでした。

でも、海な雰囲気は十分に満喫できました。

今年はできるだけ海に出たいなあと思います。


金額

趣味を始める際に「これだけのお金を使ったのだから簡単には止められない」と思うので、高額な道具などを揃えた方が良い、という趣旨の話をよく聞きますが、個人的にはそんなことはありません(笑)

心変わりというのは成長の証でもあります。知識や経験を重ねることで、そうなって初めて見える別の道や新しい考え方が出現します。

続ける、という事はとてもとても大切な事ですが「せっかく〜したんだから、してきたんだから」が理由となってそれを止めたり新しい事を始めるのを躊躇するのはもったいないのではと思います。

逆に言えば使う金額は止めない理由にはならないので、気にせず好きなものを選ぶと良いのではと思います。


変遷

キャリアが長い、という事の良い点の1つが

その時々の環境、価値観を実際に体験しながら変化に対応してきた

という経験だと思います。

10年経てば様々な事が変わってしまいます。その10年の変遷を全て経験し積み上げてきた事で、例えば急に10年前と同様の環境での作業をしなければならなくなっても当時よりも良い対応ができるはずです。

10年前も、今も知っているからこその対応力です。

経験値だけはお金では買えません。

とても貴重です。


飽きる

趣味で写真を撮っている人で、時々聞くのが

「撮影するのに飽きてしまった」

があります。

飽きてしまった理由は人それぞれですが、その1つに

「撮りたいものがなくなった」

があると思います。

これは、取り敢えずその時に「手軽に」撮れる被写体を撮っていたからではないかと思います。

ようは特に撮りたいわけではない被写体。

それだと、撮れる物を一通り撮ってしまうと、やることが無くなってしまうのも無理はありません。

そういう方にお話するのは

「撮りたいと思う被写体を見つけましょう」

です。

撮りたい被写体であれば撮るまでの過程にも難しさがあるでしょうし、写真そのものも「より良く撮りたい」という欲求もあるはずです。

そう簡単には飽きないでしょう。

「撮れる、ではなく、撮りたい」

を考えると良いかなと思います。


引き継ぐ

古いフィルムカメラを中古で購入し、それをまた売りに出す。

特に電子機器を搭載していない古いカメラは、しっかりとメンテナンスをすれば人の寿命よりも長くその役割を全う出来ます。

そのような時間の流れの中で、人の役割はそのカメラを前の人から次の人に引き継ぐ事。

柊サナカさんの「谷中レトロカメラ店の謎日和」でもそういったお話が描かれています。

自分が売る時も「自分も大切に使ってきたので次の人にも大切に使って欲しい」と青臭いですが純粋な気持ちになります。

雄大な時間の流れを身近に感じられる瞬間です。


立ち位置

他の人には撮れない、自分ならではの写真。

それはその人の人生の立ち位置そのものです。

育った環境、自立後の過ごし方、出会った人々、培った価値観、そういった事すべてが形になったものが今の自分なわけで、それを活かした写真がきっとオリジナルなのだろうと思います。

逆に言うと、他の人の立ち位置をただ羨んだり妬んだりしても何も良い事は起こらないのだと思います。

全ての写真はセルフポートレイトに等しい

という言葉がありますが、本当にそうだな、と思います。