点と線と面

銀座でのプロジェクトも今年で4年目。

様々な方々とお話をしてきていますが、私と、それぞれの方々同士の繋がりで線となったり、面となったりしてきていて、とても興味深いです。

続けなければ見えない景色。この先ももっと見てみたい。


先日撮影したモデルさんと「撮られる人とその写真を見る側の人では良いと思う写真が違う」という話になって

モデルさんが「でも、自分が良いと思わない写真を良いと言われても素直に喜べない」と言っていて。

まあ、そうだよね。

でも、「魅力」って実はそういうことなんじゃないかなあと思うんだけどね。


「こんなカメラが欲しい」みたいな物欲よりも、今は「こんな感じの写真が撮りたい」欲がとても強く。

その為にやるべきことをやっている感じ。

いや、カメラは欲しい(笑)


初物

日、月と仕事で秋田に。

空港にも雪が残っていて気温の違いを感じていたけど、月曜日の朝、結構な降雪。

このまま降り続いたら積もってしまうぐらいの。

4月に雪。

まだまだ、人生初めてなことはいくらでもある。


それは違う

いつも髪を切って頂いている美容師さんと写真の話になって

私が「カメラの仕組みなんてそんな難しい話じゃないですよ。簡単です。」

というと、美容師さんが「それは我々がヘアアレンジなんて難しく無いですよ、と言うのと同じですよ」

というので「間違っても同じではないです。ヘアアレンジの方が何百倍も難しいです。」

と。

カメラの仕組みなんて、超簡単だし。


そうやれば、とりあえずの成果は出せる、のは分かっている。

でも「そのやり方」の先には、少なくとも私が想像する未来は、無い。

もちろん、自分が想像する未来に今の私のやり方でたどり着ける保証などない。

でも、「そのやり方」では絶対に不可能なのは分かっている。

だから、とても魅惑的だし、最低限の安心感も得られるのだろうけど、

私はやらない。

もがいて、もがいて、だめかもしれないけど、もがいて。

目指すは、もっともっと上。


こだわる

横浜そごうで開催されていたオードリー・ヘップバーンの写真展へ。

彼女に限らず当時の写真の多くはピントも甘いし今と比較したら解像感がないものばかり。

でも、そんなことはどうでもよい。被写体として、写真そのものとしての魅力とは関係がない。

逆に言うと、現在解像感にこだわるということはそれ以外に売りにできることがないからではないのか、とも思ってしまう。

人の心を動かすにはどうすればよいのか。そこに尽きる。


原点

撮った相手がその写真を見たときに、素敵な笑顔になるような

そんな写真を撮りたい。

それが原点。


銀座で、長年日本に在住している海外のフォトジャーナリストさんとお話。

撮らさせてもらった写真を気に入ってくれて、自分のサイトのプロフィール写真にして良いか、と。

もちろんOK。

フリーランスなこともあって、自分自身の気に入った写真てないんですよね、と笑う。

さっそく使って頂いている。

そういうニーズ、多そう。私もだし(笑)


動機

今、いくつかの事を始めようとしている。

その理由は「こんな老後を過ごしたい」

こんな余生が良いなあ、という動機。

頑張ってみる。


無い

久しぶりに読もうと思った本を本棚で探したら、無い。

ムキになって探したが、無い。

どこへ行った。


3.11

今年も銀座で。

災害を、被害を、決して無駄にしないように。

日々の心がけを。


ボートショー

今年も行って来ました。

やっぱり海が好きで、ヨットが好きで。

いつか、海外のハーバーにクルーザーを係留させたいものです(笑)

写真はベイサイドマリーナからパシフィコに戻るシャトルボートから。


ハッセルブラッド表参道にてX1D & Phocusセミナーを担当させて頂きました。

Phocusは無料ながら、結構機能が充実しているハッセル純正現像ソフト。

その塩梅もご理解頂けたかと思います。

X1D、小さいミラーレスなのに中判。

今後もできるだけ多くの方に体験して頂ければと思います。


紙一重

あの人凄いな、とんがってんな、やるな〜

調子に乗ってるな、生意気だわ

本当に紙一重。そして超えてしまうとなかなか戻ることはない。

難しいんだろうな。


愚問

「その写真が若い綺麗な女性が撮ったと知らなくても、有名な写真家が撮ったと知らなくても、あなたはその写真を良い写真だと評価するのか。」

若い綺麗な女性や有名な写真家であること込みで1枚の写真。

若い綺麗な女性でもなく、有名な写真家でもない人間の撮った写真をあなたは観たいと思うのか?

それが「ニーズ」というもの。

愚問。

 


CP+

目新しさからどうしてもミラーレスが主役のような印象に。

でも、ミラーレスも解決すべき課題は決して少なくないと思っています。

使える人とまだ使えない人がいる。

いずれにしても、カメラではなく、撮る人間と出来上がる写真が主役。

EOS Kiss MをiPhone Xのポートレートモードで撮ってみた。

もう、これで十分じゃないかと(笑)


サイレント

キヤノンのKiss M、ソニーのα7 III。

どちらもサイレントシャッター付き。

バックステージや出来るだけ目立たないようにする撮影ではシャッター音は避けたい。

サイレント時の歪み具合がどの程度なのかをCP+で確かめたい。


難題

始めたばかりの人にとって、遠回りだったり無意味に感じたりするけど、実は超大切でちゃんとやっておかないといけない事って割とあって、でもそれを「大切なこと」だと分かってもらうのは、経験や知識がない段階では簡単ではなく。

伝える立場ならば、常にそこを考え続ける必要があるなあと思う今日この頃。


知り合いが片足の靭帯損傷となり、数週間ギブス生活だった。

その間、不都合やら、電車で席を譲って貰ったりなど「そうなってみないと分からない事」を色々聞けた。

何事も経験ではあるけど、ギブスは出来れば遠慮したい。


よく「便利過ぎる」という言い回しがあるけど、「過ぎる」ことはないと思う。

便利になることは良いことだし、それによってさらなる進化や進歩が生まれ、すぐに便利になったはずの現状が「不便」になる。

なのに現状を「便利過ぎる」と否定して少し前に戻ってしまうと、進歩がなくなってしまう。

進歩しないという選択をするのは自由だけど、便利過ぎるという状況は永遠に来ない。

永遠に不便はある。


スタンス

独演会とまだ分かっていない人に分かって貰う為の説明は根本的なスタンスが180度違う。

話す側がそのスタンスを明確に意識して話し、受ける側も意識して参加していれば問題ないが、そこがあやふやだと

「期待はずれ」

になる。

放ったらかしにしているイベントは多い。


マグカップ

数年使っていたコーヒー用の大きめなマグカップが欠けてしまったので、新しいのを買った。

同じような大きさで、どちらも大きめなので少々重い。

新しいマグカップを持ち上げると、どうにも持ちづらい。

でも、取っ手の形はいたって普通。

今まで使っていたものが少々変わった形をしていた。

そういえば、今まで使っていたものを初めて使った時、どうにも持ちづらいと思ったのを思い出した。

少しづつその取っ手に慣れて今に至ったのだった。

今度も、いつの間にか慣れているのだろう。

今日もコーヒーが美味しい。


結局、自分

自分の置かれている環境は、自分がその人生をかけて作り上げたもの。

自分で選んで、自分で積み上げてきたもの。

だから、今の環境に不満があるということは、自分自身に不満があるということに他ならない。

変えるべきは、自分。


恐怖

今日ブログ何について書こうかな、あ、この事について書こう。

サイトにアクセス。

あ、WordPress更新だ。クリック。

更新終了。

あれ、何について書こうとしていたんだっけ。

今、10分ほど真剣に頑張ったけど、結局思い出せなかった。

恐怖しかない。。


ぶっちぎる

他の人よりちょっとぐらいレベルが高いぐらいでは、付加価値として不十分。

ぶっちぎるような差が認められて初めて価値となる。

そうなるまでは耐えるしかなく、そうなる前に諦めようなら、くっだらない人生になるし大きな損失も負う。

だからそうなるまで諦めない。辞めない。


見えるもの

先日、とある女優さんと話をした時に

自分は宝塚が大好きで、以前同じ公演を7回観た事があるが、毎回観ているものが違う

という話をしてもらった。

同じものを観ても、観る側のバックグラウンドが変わると「見えるもの」が変わる。

でも、どのようなものが観えているかによって観る側のレベルが評価されるようなことはあってはならないと思う。

その時々で、その時々の楽しみ方があり、満足度なんて他人がどうこう言うことではない。

余計なお世話である。


お店でスタッフさんの対応が想像をはるかに超えるクオリティだった時、それはかなりのレベルの幸せ感。

そして、自分もこういう風に振舞いたいと身を引き締める。

ポジティブな人に引っ張られ、自分もポジティブになり、そして誰かをポジティブな方向に引っ張りたい。

そういう人たちと創り上げていきたい。


死に時間

ビジネスであれば、どうすれば生き金になるかを事前にしっかり考えて使っていくのが当然だけど、

日々のあれやこれやだと、やってみないと生き金なのか死に金なのか分からないことも結構あって。

結果死に金になったとしても、その経験が得られたことを幸運と思うしかなく。

でもそういう場合は、お金よりも時間の方が死んでいることが多い。

時間も生かせたり、死なせたりしてしまう。

時間を死なせないようにしたい。


重み

奥山 淳志 写真展庭とエスキース

http://www.nikon-image.com/activity/exhibition/salon/events/201706/ex_20180124.html

20年という長さによる重み。やはり歳月には勝てないのか、という思いもあるけど、もちろん長けりゃいい訳ではないのだけど。

でもやっぱり、しっかりと積み上げた歳月は強く、重い。

会場で拝見できる写真集「弁造 Benzo」は、写真集というよりフォトエッセイ。必読です。

 

実は、奥山さんは6年ほど前にとある動画編集ソフトのお話をさせて頂いた方で、改めてご挨拶させて頂きました。

素晴らしい写真展です。